『007 美しき獲物たち』(1985年)

原題:A View To A Kill

監督:ジョン・グレン 出演:ロジャー・ムーアクリストファー・ウォーケン、グレイス・ジョーンズ、タニア・ロバーツ

映画ファンとして数多くの映画を観てきたが、007映画はこれが初めてだ。というのも、映画に目覚めた学生時代から、監督の名前や映画批評での評価で、観る映画を決めてきたからだ。作家性の強い映画やアート系映画、カンヌやヴェネチアなどの映画祭で賞を獲るような映画ばかり観てきた。芸術性ばかり重視し、映画のエンターテイメントとしての側面を軽視して、大勢の人々が観に行く興行収入が大きいヒット作にはほとんど興味がないという偏った映画観だった。現在はもちろん違って、娯楽性の高い映画も大好きだ。

とにかく、この『美しき獲物たち』を観て、ほかの007映画も観たくなった。007映画は、ジェームズ・ボンド役の俳優によって映画の雰囲気がかなり違うようだから、たまたまロジャー・ムーアのJBがはまっただけかもしれないが、かなり楽しめた。ムーアの飄々とした演技とユーモア、笑ってしまうコミカルな場面も随所にあり、007映画とは本来、深刻な気持ちで観る映画ではなく、肩の力を抜いて気軽に楽しむための映画であることがよく分かる。

C.ウォーケンは悪役のマックス・ゾリンを演じているが、ゾリンは007映画の歴代の悪役の中でも人気があるようだ。大体トップ10には入るようだし、007映画ファンの中には1番に挙げる人も多い。

ウォーケンは当時40歳前後だろうか?でも若くて美しい。ブリーチした感じの強烈な金髪のオールバックと、隙のないスタイリッシュな服装で、ナチスの化学実験の結果生まれ、普通の人間として感情を持たない冷血な人物像を演じている。ここでもウォーケンの表情が素晴らしく、複雑な眼の動きや微妙な笑顔、邪悪な表情からサイコパスの狂気じみた笑いなど、多彩な演技で引きつけられる。

ムーアが高齢のため、007映画ファンからはこの映画そのものは評価が低いようだが、エッフェル塔での追走シーン、馬の障害物レース、最後の金門橋でのゾリンとの一騎打ちなど、見どころ満載。ゾリンの手下のメイ・デイ(G.ジョーンズ)もすごい存在感。ジョーンズはビジュアル的にもファッショナブルで、ウォーケンともども、この映画を華やかにしている。

実はゾリンの役は最初、デヴィッド・ボウイに出演依頼されたとか。脚本は、ボウイが演じることを前提に書かれたようだ。G.ジョーンズも後に自叙伝の中で、「あの役は完全にボウイのイメージだった」と述べているようだ。ボウイがゾリン役をやったならば、もっとファッション性やファンタジックな雰囲気は強くなったかもしれない。しかし、結果的にウォーケンでよかったのでは?ウォーケンの演技力が、この映画の荒唐無稽さをかなり救っている気がする。

見どころ①ムーアはクイーンズ・イングリッシュを話す唯一のボンドだったそうだ。英語のリスニングが出来ない私でも、確かにムーアの耳障りのいい英語を聞き慣れた頃に、ウォーケンの英語を聞くと、かなり崩れた感じに聞こえる。といっても、ウォーケンの話し方はアメリカ人にとってもちょっと変なしゃべり方らしいし、この映画の役どころから言っても、きれいなしゃべり方である必要はないのだから、役作りかもしれないが。映画の前半部のガーデン・パーティーの場面で、初めてボンドとゾリンが話をする。その時の、いかにも英国紳士らしいボンドの余裕ある態度と話しぶり、それをじっと見つめるゾリンの邪悪で陰険な表情の対比が素晴らしい。

 見どころ②市役所のシーンで、ゾリンが職員のオジさんをいきなり射殺する。そのあと、ボンドに向かって「Intuitive improvisation ...it's the secret of genius」と言う場面が決まっている。得意げな表情からムッとした表情へ、そしてまた優位な態度を取り戻す一連のウォーケンの表情が魅力的だ。

デュラン・デュランのテーマ曲も華やかさといい意味での俗っぽさがあり、007映画に合っている。

美しき獲物たち(デジタルリマスター・バージョン) [DVD]