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『フューネラル』(1996年)

1990年代 インディペンデント ギャング

原題:The Funeral

監督:アベルフェラーラ 出演:クリストファー・ウォーケンクリス・ペンヴィンセント・ギャロベニチオ・デル・トロ、アナベラ・シオラ

キレてるキャラクター、アブないキャラクターが何人も出てくる映画においては、よりキレっぷりが派手なキャラ(俳優)が、必然的においしいところを持っていく。この映画では、クリス・ペンがそのポジションにいる。実際、ペンの演技が素晴らしく、ヴェネチア国際映画祭助演男優賞を獲ったのも納得だ。ということは、この映画はヴェネチア映画祭に出品されたということで、マフィアの世界を描いてはいるが、テーマは少し違うところにあるといえる。

その意味で、この映画は宣伝の仕方でちょっと損している。DVDのパッケージを見ても、「血か、力か、死と背中合わせの運命を背負った男たちの究極のバイオレンス」なんてキャッチコピーが載っていて、『ゴッドファーザー』みたいなマフィアの抗争劇を描いた映画かと思ってしまう。そう予想してこの映画を観た人は、ちょっと期待外れなんじゃないだろうか。確かに、銃撃のシーンは何度もあるが、血で血を洗う抗争劇、ではない。

この映画は、マフィアの家系に生まれてしまった者の悲劇を描いている。本人の生来の気質や性格など一切無視で、マフィアの血統に生まれた以上、否も応もなく、殺人と復讐と犯罪に子供の頃からどっぷり浸かって生きていくことを強いられた男たちの苦悩と悲劇がテーマなのだ。

長男レイ(C.ウォーケン)、次男チェズ(C.ペン)、三男ジョニー(V.ギャロ)は、そういうマフィアの家系に生まれ育ち、そうした異常な環境に何とか自分を適応させようとしながらも、それぞれ精神的に崩壊してしまうのだ。

ストーリーの中では、特にその精神的崩壊が強調されているのがチェズなわけだが、一見いちばん冷静でまとも(?)に見えるレイも、神や信仰を否定し、殺人に対して無感覚になること(精神的な死)で、何とかマフィアとしての自分を保っているにすぎない。ジョニーも、芸術や社会思想に惹かれる本来の性質と、マフィアの環境との間で、精神的に歪んでいる。

そして、三兄弟の中で一番キレたアブない奴に見えたチェズが、最終的には、この呪われたマフィアの家系を強制的に終わらせる。おびえる妻を安心させるように笑顔を浮かべた後で、「兄弟が何だ」という言葉を最後に銃をくわえるチェズ。チェズの笑顔は、これで自分たちの子供はもうマフィアの世界に生きなくてすむのだ、という意味だろう。つまりこの映画は、そういう意味で、アンチ・マフィア映画と言える。

しかし。『ゴッドファーザー』みたいな重厚な映像と、暴力とセックスに彩られたどぎつい場面の数々、くわえてウォーケンはじめ、敵のマフィア役デル・トロなど俳優陣がみな演技派個性派で魅力的なため、そういう本来のアンチ・マフィア的主題が、少し見えにくくなっている。マフィアの話でなければ、家族というものについての深遠な考察ともいえる内容なのだが…。

見どころ①ジョニーを殺した犯人と思い込んで、レイはガスパー(デル・トロ)を拉致し尋問する。その時、ウォーケンが一瞬姿を消すので銃でも持ってくるのかと思ったら、まさかの手斧。ウォーケンと手斧といえば、『美しき獲物たち』が思い出されるが、手斧が似合う俳優だ。

見どころ②チェズの酒場にて、ウォーケンが妻とダンスする場面。ほんの少しだが、さすが余裕の踊りかた。その後のペンが歌う場面もいい。

ウォーケンの少年時代を演じる子役が、あまりにもウォーケンと顔が違いすぎるのは、問題ではないだろうか。こういう細部の詰めの甘さのせいか、今一歩で傑作に至らなかったような惜しい感じのする映画。でも俳優たちの演技はみな素晴らしい。

フューネラル/流血の街 [DVD]