『ブルースが聞こえる』(1988年)

原題:Biloxi Blues

監督:マイク・ニコルズ 原作:ニール・サイモン 出演:マシュー・ブロデリッククリストファー・ウォーケン、コリー・パーカー

戦闘場面のない戦争映画。というより、軍隊生活というシチュエーションを除いでしまえば、内容は青春映画そのものだろう。仲間との葛藤、和解、初体験、自分を理解してくれない大人(この場合は教官だが)からの理不尽な扱い、そしてそれらを乗り越え、少年は大人へ一歩近づく。後にこれら過ぎ去りし日々を回想した主人公の胸のうちには、ほろ苦い思いが…というありがちパターン。

でも主役のブロデリックやウォーケン、他の若い俳優たちが演技が上手く、それほど退屈することもなく最後まで楽しむことがでえきる。男にとっては、けっこう「あるある」なエピソードも多いのでは。感動作品というより、もっと軽い気分で観る映画だ。

あらすじには、ウォーケンの役を鬼軍曹などと書いてあったので、キューブリックの『フルメタル・ジャケット』のハートマン軍曹のようなものを想像していたが、あれほどエグいキャラクターではなく、ずっと人間味があるキャラクターだった。コミカルな演技もあり、いろいろ変化に富んだ表情を見ることができる。陰険で風変りな人物なのだけど魅力的、こういう悪役が本当に上手い。

舞台用の戯曲を映画化したものはたくさんあり、この映画もその一つである。そうした作品にありがちなのが、舞台セットをリアルの背景に置き換えただけで、セリフ中心、映画ならではの見せ方がほとんどないことである。この映画も、あまり変化のない構図のまま、俳優どうしのセリフのやりとりが延々と続く場面が多い。こういう演出は、俳優にとってはやりがいがあるだろう。しかし映画の話法からは遠ざかる。マイク・ニコルズといえば『卒業』が有名だが、あれもダスティン・ホフマンの演技力でだいぶん底上げされていたが、映画としてすごく面白かったかというと、そうでもない…。サイモン&ガーファンクルの曲と、時代の空気みたいなものの相乗効果が大きいだろう。

この映画のある種牧歌的ともいえる明るい雰囲気は、第二次世界大戦を時代背景としていることと無関係ではないだろう。映画の最初の方のモノローグにも出てくるが、第二次世界大戦はアメリカにとってはまさしく「正義のための戦争」であり、それに参加することは誇りであり、国民から非難されることなど露ほどもない戦争である。ベトナム戦争イラク戦争を扱った映画で、こういうタイプの作品が作られることはまず想像できない。

見どころ①食堂の場面。新兵たちとの会話の場面で見せるウォーケンの様々な表情の変化が面白い。ウォーケンは表情豊かな俳優だなと思う。

見どころ②しかし、時折り少しオカマっぽい?動きをする時があって、それが「ウォーケン=ゲイ」説にもつながったのかもしれない。同じく食堂の場面。下膳する新兵たちの監視をしている場面で、ユダヤ人の若者エプスティンが示す神経胃炎の診断書を破り捨てるのだが、その時の仕草が妙にオカマっぽいというか、オネエっぽい。これは彼の演技のクセみたいなもので、『美しき獲物たち』にも若干そういう動きをする場面があった。

フルメタル・ジャケット』は1987年製作。やはりキューブリックの映画だからか、日本で公開当時は結構メディアに取り上げられていた。しかもハートマン軍曹のあのシゴキ場面含め、ショッキングな場面満載の映画。キューブリックは映画の中に印象的な(あえて言うが)名場面を作るのが、いつも非常に上手い(例外は『アイズワイドシャット』。乱交パーティーの場面などもあったが、全体的に締まりのない、盛り上りのない映画)。この映画の後に公開された『ブルースが聞こえる』は、ほとんど話題にならなかったんじゃないだろうか(ブロデリックは、当時ちょっとアイドル的人気があったような気はするが)。物語の背景に戦争や軍隊が出てくるぶんだけ、ハードな戦争物を期待した観客には肩すかしだし、かえって損している感じさえする。

とはいえ、キューブリックは映画の中で登場人物を人間的温かみのある存在として描くことはなかったので(S.キングがキューブリックの『シャイニング』を執拗に批判し嫌ったのも、これが理由のひとつ)、俳優は彼の映画の中では完全に「象徴的存在」あるいは「物語のコマ」と化す。俳優のアドリブも嫌ったというから、キューブリックの映画に出演することは、それほど楽しくもなさそうだ。鬼才の映画に参加する喜びはあるだろうけど。その意味では、こちらの映画の方が、俳優ウォーケンには良かったかもしれない。

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