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『ニック・オブ・タイム』(1995年)

1990年代 サスペンス

原題:Nick of Time

監督:ジョン・バダム 脚本:パトリック・シェーン・ダンカン

出演:ジョニー・デップクリストファー・ウォーケン

ごく普通の男がひょんなことから犯罪に巻き込まれ、追い詰められていく…、ヒッチコックの映画にはそんなシチュエーションのものがいくつかある。この映画の劇中には、ヒッチコックの『めまい』の中の有名なシーンに似た場面などもあり、ヒッチコックのサスペンス作品を意識して作ったことがよく分かる。

主人公の税理士ワトソン(J.デップ)は幼い娘を人質に獲られ、見ず知らずの女性州知事を暗殺するよう、いきなりMr.スミス(C.ウォーケン)から脅される。最初の設定からかなり無理のある話で、こんなに苦労してズブの素人に暗殺をしむけるよりも、他のやり方がありそうなものだが、まあそれは置いておこう。この映画の一番の売りは、「劇中の時間経過と実際の上映時間を同じ長さにした」ところなのだから。

しかし、悪役二人がいくら「言う通りにしないと娘を殺すぞ」と脅しても、観客であるこちらはハリウッド映画の法則的にみて、子供が殺されることはないだろうと思っているし、主人公は暗殺しないか、もしくは失敗するだろうと何となく最初から予想できる。というのも、州知事は「女性」だし、デップの俳優としてのイメージからも、いくら娘のためという大義名分があろうが、人殺しにはならないだろうと思うからだ。ヒッチコック風の展開ならなおさらだ。ジェームズ・スチュワートケーリー・グラントはそんなことは絶対しない。

そうなると、あとの関心は、この追い詰められた状況を主人公がいかにして切り抜けていくかということだけになる。ところが…、これが映画の後半、驚きのご都合主義で展開するのである。復員兵あがりの陽気で人のいい靴磨き屋のオヤジが、ワトソンの窮状を救うために、ホテルの中の自分の人脈をフル活用して、彼に州知事を説得するチャンスを与える。こんな短時間のうちに他の従業員仲間たちを都合よく意のままに動かせるなんて、このオヤジ、靴磨き屋は仮の姿で実は陰のボスなのか?などと疑いたくなるほどの才覚ぶりなのだ。大体、ああいう状況でトイレにあんなに長く入っていてMr.スミスが大人しく待っているというのも不自然だ。暗殺シーンから後の展開もまたまたご都合主義のオンパレード。

まあ、ハリウッド映画にご都合主義はほとんど付き物ともいえるし、この映画がそんなひどかったかというと、そうでもない。ウォーケンが、子供も躊躇いなく殺そうとする完全なる悪役をやっているところがいい。冷たい眼と表情、ぞっとさせるしぐさが素晴らしい。

デップは、奇人・変人・怪物といった「攻め」の演技の方がおそらく得意なタイプだろう。だからこの映画のワトソンのような「普通の人」「一方的に追い詰められる人」を演じるのは、すごく苦手そうに思える。何となくこの映画でも、演じ方を掴みかねているような感じがある。もちろん、一見、そつなく演じてるようには見えるのだが。しかし、デップがまだ若く美しい頃なので、現在の「やさぐれ」感のある彼よりは、ずっと役柄に嵌まっている。

この映画はデップが主演にもかかわらず、興行的には相当コケたようだ。プロットは悪くないと思うが、スローモーションの入れ方とか、時折り、映像の作りが妙に古く感じられる。1995年の映画という感じがしない。もう少し新しい映像感覚を持った監督が撮っていれば、別物になったかもしれない。

ニック・オブ・タイム [DVD]