『マインド・スナッチャー』(1972年)

原題:The Mind Snatchers 

監督:バーナード・ジラード 脚本:ロン・ホワイト

出演:クリストファー・ウォーケン、ジェス・アクランド、ロニー・コックス

正式には『クリストファー・ウォーケンのマインド・スナッチャー / 狂気の人体実験』という長たらしくおどろおどろしい日本語タイトルである。内容は邦題どおりで、脳に物理的刺激を与えて人間の性向を理想的なものに作りかえようとする人体実験の話。

ウォーケンはベトナム戦争に派兵された結果、心を病み、反抗的で社会に順応できない人間になってしまったドイツ駐留のアメリカ人兵士の役である。精神分裂病(現在では統合失調症と言うが)と診断され、山奥の隔離された病院(外観は病院に見えない豪邸)に強制的に送り込まれる。実はそこでは、脳手術による人格の作りかえという異常な研究に執着する医者と、その研究を軍事利用したい軍人によって、精神障害に苦しむ兵士たちの脳に電極を埋め込む危険な実験が行われていた。そして、その被験者たちはみな気が狂って死んでいたのである。そのことに気づいた主人公(ウォーケン)は何とか抵抗しようとするが…というストーリーだ。

観ていて思い出したのは、『カッコーの巣の上で』(1975年)。実際、海外のレビューでは、『カッコーの巣の上で』や『時計じかけのオレンジ』(1971年)を比較に出しているものも多い。どうやらアメリカでは1960年代に精神病の治療方法の一つとして脳の外科手術がよく行われていたらしく、やはりその非人道性に対する批判などもあったようだ。そうした時代背景が、このように似たプロットを持つ映画が同時期に何本も作られたことに関係しているのだろう。

『カッコー』と『時計じかけ』に共通しているのが、全体主義や管理社会に対する風刺と精神医学(脳に対する外部からの強制的な刺激による人格の矯正)を結びつけた点だ。『カッコー』の方は、そういう意味ではかなり図式的な描き方で、現在から観ると映画のメッセージがきわめて分かりやすいものとなっている。言いかえれば、ものごとの単純化なのだが、そうした分かりやすさもあってか、アカデミー賞をいくつも受賞した。ニコルソンの演技もいいし、映画として出来がいいのも確かだが、監督のフォアマンが当時バリバリの社会主義国だったチェコスロヴァキア出身であったことも、“自由と民主主義の国アメリカ”のアカデミー会員たちに受けが良かったのだろう。

『カッコー』や『時計じかけ』に比べると、『マインド・スナッチャー』はいかにも低予算映画の典型だ。前者二作もそれほど大きな製作費はかけていないだろうが、こちらの映画の方は登場人物の少なさやセットの少なさ・チープさがより目に付く。ただ、俳優に関しては『マインド・スナッチャー』の方も演技派が揃っていて、ウォーケンと彼らの演技が、かなり映画を見ごたえあるものにしている。全体にただよう不気味な空気感もいい。ただテンポは良くない。

ウォーケンはまだ若いが、既に演技力はかなり出来上がってる感じがある。エキセントリックなキャラクターとして演じることもできそうな役柄だが、『カッコー』のニコルソンとは対照的に、ウォーケンは冷淡でシニカルなキャラクターとして演じている。患者役のロニー・コックスがかなり頑張って演技していて、彼とウォーケンが映画を引っぱっている印象だ。

この映画のプロットで興味深いところは、実験台になる兵士たちが自ら進んで「志願した」という体裁になるように医者がこだわるところだ。実際には、言葉巧みに患者の精神的弱さにつけこみ、実験台になるよう誘導しているのだが、本人たちに「自分が志願した」と思い込ませる。そして、自分の脳に電気的刺激を与える電極に信号を送るボタンを、患者自身に押させるのである。だから、実験台になった患者は、悶絶しながら自分でボタンを押し続けるという奇妙な状態になる。

マッド・サイエンティストの医者(アクランド)とウォーケンの間で心理的な対決が行われるクライマックスの場面は、かなり息詰まるシーンだ。シリアスな演技が展開され、見ごたえがある。ただ…ウォーケンの格好が、頭がすっぽり包帯でグルグル巻きにされていて、頭のてっぺんからは電極の針金が飛び出てるという状態で、シリアスな場面なのに、間が抜けいてちょっと笑ってしまう。

B級SF映画として観ればけっこう面白いのだが、日本ではDVD化されていないので、ビデオを探して観るしかないのが残念だ。だがアメリカ版DVDのパッケージは、よりによってあの包帯電極頭なのがすごい(これを見てどんな映画だと思うのだろう?)。

The Mind Snatchers