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『ロビン・ウィリアムズのもしも私が大統領だったら・・・』(2006年)

原題:Man of the Year

監督・脚本:バリー・レヴィンソン 

出演:ロビン・ウィリアムズクリストファー・ウォーケンローラ・リニー、ルイス・ブラック、ジェフ・ゴールドブラム

 ロビン・ウィリアムズスタンダップ・コメディアンとしての才能が、この映画の魅力の大きな部分を占めている作品。

この映画の物語は、実在の司会者ジョン・スチュワートが、400万人の視聴者からのメールで、大統領選に出馬する気になった話をモデルにしているらしい。

観る前の予想としては、大統領選当日までの選挙期間の話がメインだと思っていたが、実際は最初の30分強くらいで大統領当選が決まってしまい、残りのほとんどはドブス(ウィリアムズ)とエレノア(リニー)の間に生れるロマンスと、電子投票システムのエラーによる当選という真実を知ったドブスの迷い、エラーの事実を隠蔽しようとするIT企業とエレノアとの間のサスペンスに費やされる。

正直なところ、最初の30分間の方が展開は軽快でコメディ映画らしい。ウィリアムズがトーク・ショーで政治諷刺ネタを喋りまくる場面は見応えがある。ライバルの候補者たちとの討論会では、TV局側の段取りを無視して圧倒的なトークのセンスで場をかっさらい、独壇場にしてしまう。

ウィリアムズ演じるドブスは、実のところ、政策と呼べるようなものは何も語っていない。ただ、政府や行政のやり方について一般市民が感じている不平不満を、彼らの代わりに皮肉やユーモアを交えてマシンガントークしてるだけなのだ。その不満の内容は日常レベルのことばかりなので庶民には分かりやすく、当然ドブスは人気者だ。だが、大統領が本来対処すべき高次の政治問題については、彼は何も語らない。というのも、トークの内容はドブスとお抱え放送作家エディ(L.ブラック)がシナリオを作っているので、政治の専門家ではない彼らがそんなこと話せるわけがないのだ。

作りようによっては、かなり皮肉な社会諷刺映画にも成り得た気がする。政策よりも、トークの上手さや見た目の良さ(「いい人に見える」「率直に見える」といった印象)によってコメディアンが大統領になってしまうまでの顛末を物語のメインにすれば、現在のアメリカの“ドナルド・トランプ人気”を予見する映画になっていただろう。

しかし、レヴィンソン監督としては、そういう内容だけでは物足りなかったようだ。孤独な中年男のラブロマンスと、企業不正を暴くサスペンスの話をさらに映画にぶち込んだ。結果、内容盛りだくさんだがコメディとしては中途半端な映画になった。ドブスが大統領選に出馬した理由も不明だ。単なるウケ狙い出馬のほうがコメディ映画らしいのだが、本気で大統領になりたかったようだ。

ドブスは、トーク・ショーの場になると辛辣で過激なジョークをまくしたてる一方、普段は穏やかで優しく、冗談好きだが誠実な好人物として描かれている。この人物像は、そのままロビン・ウィリアムズに対して観客が抱いているイメージそのものだろう。

で、こういう善良な人物がTVという魔物の世界で成功していることに説得力をもたせる役割が、ドブスの長年のマネージャーであるジャック(ウォーケン)と、放送作家のエディだ。この二人は、TV業界の裏を知り尽くした老練な業界人である。彼らが交わす会話には、TV業界のからくりや、海千山千の業界人感覚をうかがわせるセリフがいろいろ盛り込まれていて楽しめる。

ウォーケンはマネージャー役なのでまあまあ出番は多いのだが、途中で突然、病気に倒れ、物語の進行から姿を消す。後半また登場するのだが、何か出演場面を減らさなきゃいけない理由でもあったのだろうか?たいして必然性のない展開に見えるが…。ショービズ界で長年生きて来た業界人らしい雰囲気を、さりげない演技で渋く演じている。

映画は、事の顛末をインタビュアーに語るウォーケンのシーンで始まり、映画の最後も、同じウォーケンのシーンで終わる構成になっている。こうした構成が、この映画の寓話感を強めている。 

ところで、2006年頃のアメリカのインターネットで、「ウォーケンを大統領にしよう」とかいう運動が盛り上がっていたらしいのだが、この映画と関係があるのだろうか?

ロビン・ウィリアムズのもしも私が大統領だったら・・・ [DVD]