『迷宮のヴェニス』(1990年)

原題:The Comfort of Strangers

監督:ポール・シュレイダー 脚本:ハロルド・ピンター(原作:イアン・マッケアン) 出演:クリストファー・ウォーケンルパート・エヴェレットナターシャ・リチャードソンヘレン・ミレン

ヴェニスを舞台にしたアメリカ・イギリス・イタリア映画。ヴェニス旅行に来たイギリス人カップル(エヴェレット、リチャードソン)が、謎の男(ウォーケン)とその妻(ミレン)に執着される。実は彼らの目的は、この美しいカップルを自分たちの歪んだ快楽の犠牲者にすることだった…という異様なサスペンス映画。ウォーケンが、サイコパスの役を最高の演技で演じている。

シュレイダーといえば、脚本家としてスコセッシと組んだ映画はメジャー作品として成功しているが、彼自身が監督をすると『ミシマ』(1985年)みたいに途端にアート系映画になる印象だ。おそらく本人の気質は、エンターテイメントよりも芸術志向なのだろう。この映画はストーリーは単純なのだが、登場人物のキャラクターが複雑で、映画の結末も、冷酷で不条理だ。セリフは意味深なものが多い。

しかし何といってもこの映画の良さは、キャスティングの妙である。

エヴェレットは、おそらくこの頃が「英国美青年」をウリに出来るギリギリ最後の時期だろう。既に顔の左右のバランスが、微妙な感じに歪み始めている。とはいえ、この映画の中では、やたらと「美しい」と賛美される役どころだ。『アナザー・カントリー』以来のゲイ的なイメージが、この映画でも活かされている。エヴェレットは大根役者ではないが、ウォーケン・ミレン・リチャードソンの中にいると、正直一番下手に見える。まあ、この映画での彼は、演技よりもルックスが重要だ。

リチャードソンも、金髪のロングヘアの容姿が西洋絵画のように美しい。エヴェレットの演じるコリンが優柔不断で流されやすく、やや女性的なのに対し、彼女の演じるメアリーはシングルマザーの強さがあり、意志的である。

ミレンの演じた役も面白い。最初は受身で弱々しい常識的な女性に見えるのだが、次第に狂った病的な人間であることがあらわになっていく。彼女の目つきに狂気が現れてくる場面は凄みがある。

そして、何といってもこの映画のレベルを引き上げているのがウォーケンだ。彼はサイコパスをいくつも演じてきているが、おそらくサイコパスに関してはこの映画での演技が最高峰ではないかと思う。ウォーケンは同じサイコパスを演じるにしても、それぞれの映画の雰囲気や文脈に合わせて演じ分けることができる俳優だ。この映画でウォーケンが演じたロバートは、同じサイコパスではあっても、『美しき獲物たち』のマックス・ゾリンとはまったく違う。はるかに不気味で病的、ぞっとさせるキャラクターなのだ。

ロバートが病んだ精神の持ち主であることを暗示するのが、映画の中で彼が話す、幼年時代のある思い出だ。この話は映画の最初と中盤、そして最後にも登場し、映画全体に奇妙で倒錯的なトーンを与えている。

で、その思い出話の内容がかなりエグく、不気味なのだ。父親の口髭の描写に始まり、家父長制の重苦しい上流家庭の様子、異常なまでに厳しく暴力的な父親の姿、性格が歪んだ姉たちから受けた性的な挑発と侮辱的ないたずらの記憶が、ウォーケンの一人語りで淡々と語られる。内容の強烈さに比して、その口調は終始冷静である。しかし、その表情に何とも言えない異常な雰囲気が漂っているのだ。かなり長セリフだが、引き込まれる場面だ。

おそらくこの映画のサイコパスであるロバートが、ある程度リアリティのある存在に思えるのは、ゾリンと違って、その精神的歪みの背景にあるものが、彼のセリフを通して垣間見えるからだろう。

ロバートは「強い女性」に蔑視と憎しみを感じており、またホモフォビアでもある。しかし彼がコリンの美しさに強く惹かれていることからわかるように、抑圧された同性愛者でもある。彼の中で、性の快楽は暴力と結びついている。倒錯した性的嗜好と歪んだ世界観は、彼の父親(おそらく彼と同じくホモフォビアの同性愛者と想像がつく)と独特の家庭環境が強い影響を与えている。

こんな複雑かつ怪奇としか言いようがない役を、知的かつエレガントなサイコパスとしてサラリと演じられる俳優は、ウォーケン以外、そうはいないだろう。

いつものごとく?この映画も興行的にはコケたようだし、エヴェレットが出演しているにもかかわらず日本では劇場未公開だったようだ。名作・傑作ではないが、一見に値するカルト映画だ。

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