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『メビウス』(1998年)

1990年代 インディペンデント

原題:Trance

監督・脚本:マイケル・アルメレイダ 

出演:アリソン・エリオット、ジャレッド・ハリスクリストファー・ウォーケン、ロイス・スミス

人間の肉体を乗っ取り現代に転生しようと図るドルイド教の魔女と、それに抵抗する主人公ノーラ(エリオット)の闘いの物語を軸に、ケルト神話や親子愛などをからませたモダン・ホラー

ニューヨーク・インディペンデント系の映画らしく、低予算映画のパターン(撮影場所が少ない、衣裳の使いまわし)なのだが、映像的には美しい場面もあり、全体的には耽美的な雰囲気すらある。この映画の最も良いところはそこだろう。内容的には全く怖くなく冗長な展開で、ストーリーそのものも観終わった後、「え、そんだけ?」となるのだが、意味ありげな耽美的映像を途中何度も差し挟み、映像表現のほうに比重を置いている印象だ。さしずめ「おしゃれなホラー映画」といったところか。

製作・総指揮が『マイ・プライベート・アイダホ』や『ドラッグストア・カウボーイ』を製作したローリー・パーカーと聞いて何となく納得。この二作もやたらと雰囲気だけはかっこよかった。その意味では、この映画はホラー映画としてではなく、この二作のような「おしゃれ系映画」として宣伝したほうが良かったかもしれない。

監督・脚本のアルメレイダは、『サーチ・アンド・デストロイ』の脚本を書いているので、そのあたりがウォーケンとつながる。この映画も「おしゃれ系映画」だった。もっともこちらはブラック・ユーモアを基調としていた分、内容に幾重にもヒネリがある映画だった。

映画の前半、主人公のノーラはアルコール依存症一歩手前ぐらいの状態であることが描かれる。彼女がそんな状態になっている原因には、故郷アイルランドでの暗い思い出や、本人にも理由のはっきりしない幻影や不安感がある。主人公の精神的な弱さやトラウマがアルコールへの耽溺につながり、そのことが魔女や悪霊のつけ入る心の隙になる、という所がキューブリックの『シャイニング』の主人公ジャックを思い出させる。もっとも、ノーラはどうやら魔女と人間の間に生れた女性の子孫?らしいので、宿命ともいえるが。

ウォーケンはアイルランドの古い広大な屋敷に住むノーラの叔父という役だ。眼がほとんど見えないという設定だが、いかにも盲人といった感じではなく、奇妙な色付きサングラスをかけている。ウォーケンのガラス玉のようなどこを見ているのか分からない無表情な眼と、ダランとしたガウンを羽織った異様な雰囲気の姿(防腐剤とかの臭いが漂ってきそうな独特の“不潔感”を漂わせているところが秀逸だ)が、「発掘した魔女のミイラに執着する常軌を逸した独身の学者」というかなりキテるキャラクターに説得力を与えている。彼のキャラクターがこの映画の魅力の一つであるのは間違いないが、残念なことにいつものごとく出演している時間は少ない。

ノーラの祖母役のロイス・スミスはいかにも上流階級の老婦人といった貫禄ある雰囲気だ。出演者が若い俳優ばかりだと、どうしても絵的に薄っぺらくなりがちだ。こういうベテラン俳優がいると映画の雰囲気に少し厚みが出る。ビジュアル重視の監督らしく、出演している俳優はみなそれぞれ容姿に魅力があり、それもこの映画のセンスの良いところなのだが、それにも関わらずなぜか作品としての出来映えはいまいちになってしまうのが、映画の難しいところだ。

メビウス [DVD]