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『もしも昨日が選べたら』(2006年)

原題:Click

監督:フランク・コラチ 脚本:スティーヴ・コーレン、マーク・オキーフ

出演:アダム・サンドラーケイト・ベッキンセールクリストファー・ウォーケン

家族に裕福な暮らしをさせるため出世しようと汲々としている建築家のマイケル(A.サンドラー)は、たまたま普通のリモコンを買いに行ったホームセンターで、謎の発明家モーティ(C.ウォーケン)から“万能リモコン”を手に入れる。実はこのリモコンは現実世界の時間を早送りしたり、停止させたり、音声をミュートにすることができるリモコンだった。マイケルはこのリモコンで、嫌な出来事や面倒な時間を早送りさせれば、効率的に人生を過ごせることに気づく。万事快調と調子をこいていたが、このリモコンには以前使った機能を勝手に繰り返す学習機能があり、そのうちマイケルの意志とは無関係に、彼の人生はどんどん早送りされてしまうことになる…。

コメディだが最後は泣かせる、というアメリカのコメディ映画の王道パターン。脚本や舞台セット、特殊メイクなどよく出来ているし、製作費もかかっていそうだ。アダム・サンドラー主演なら、十分採算とれるってことなのか。しかし…最後が夢オチっていうのはちょっと待てよ、とは思う。もっともハリウッド映画だから、このまま悲しく終わることはないだろうと観てるこちらも心理的に予防線(?)を張りつつ観てはいたけど。それにしても…夢オチなら何でもアリだよ(呆)。

サンドラーが下ネタを連発するので、どちらかといえば大人向けのおとぎ話映画かな。とはいえ、この映画をまっとうに成熟した大人が喜んで観てるっていう想像もできないけど。まあ20代の若者向けかもしれない。こんな風な人生を選ぶなよ、という教訓だ。

この映画の中心的なメッセージは「家族の大切さ」というものだけど、自分としてはそれ以上に、「時間の有限さ」というものが重要なテーマだと思う。お金は工夫して増やすことができるけど、人生の時間は(せいぜい健康に気をつけて長生きすることはできても)どんどん残り少なくなっていくばかりだ。ましてや、20代~40代という最も活発で人生の変化の大きい期間は、だれでも同じ時間しか与えられていない。この映画の主人公マイケルは、出世という「実りの時間」に早く到達するために、家族サービスする時間や渋滞にはまる「ムダな時間」をどんどん早送りしていく。結果として、人生を体感する時間がすごく少なくなってしまう。

まあ万能リモコンを使わずとも、中年過ぎると、若い頃はあっという間に過ぎてしまったという気持ちになるものなので、その意味でマイケルの喪失感は理解できる。そしてマイケルみたいに、「実はすべて夢でした」となって若い自分に戻れたら…なんて思ったりするのだ。

そう考えると、けっこう切ない映画だ。

ウォーケン演じるモーティは、一見マッドサイエンティストとか奇人発明家なのだが、実は「死の天使」であったという、またしても人間ではない役柄だ。そして主人公が「本当に大切なもの」に気づくきっかけを与えるという役割で、『隣のリッチマン』のJマンや『メン・イン・キャット』のペット店オーナーと同じタイプ。こういう役柄もウォーケンは楽しく演じているが、演技としては正直特に見どころがあるわけではない。こういう役ができるのも彼ならではの個性だとは思うけど。

ところでこの映画は2006年製だが、まだこの時点では日本企業がビジネスの勝者みたいな扱いなのにびっくり。日本人にとっては「失われた20年」の真っ最中なのだが...。アメリカ人との商談も早々に、アメリカのムーランルージュみたいなところに上司と部下5、6人で繰り出そうと気もそぞろになってるなんて描写は、まるでバブル期の(なんでも経費で落とすお下劣)日本人ビジネスマンみたいだ。よほどアメリカ人の脳裏には、この手の日本人が強烈に印象が残ってるのだろう。ドナルド・トランプの日本観は80年代で止まってる!なんて日本人がいくら憤ったって、そんなに簡単に敵は忘れてはくれないようだ。

もしも昨日が選べたら [DVD]